はてブ現象

ブログを更新したあと、ブックマークがどれくらい増えたかを見るのが楽しみで、家族と映画を観ている間にも、トイレにiPhoneを持ち込んでこっそりブックマークを見ている、という方に出会った。
最初なぜそんなことをしなくちゃいけないのか分からなかったんだけど、映画を観るときにパソコンを開いてネットをしたりすることを家族の方が快く思わないかららしい。なるほど。
それは何なのかなあとしばらく考えていたんだけど、世界を共有したいということなのかなと思った。狭い空間に一緒にいる人がいきなり携帯電話で話し始めるのも嫌だし、電車の中で携帯やゲーム機とにらめっこしている人に感じる多少の違和感にも通じるところがあるように思う。
でもこれは少し複雑な問題だ。一緒に映画を観ていても、思考がどこかに飛んでしまって別のことを考えている場合はある。デバイスがあるかどうかが問題なのだろうか?
電車の中の携帯電話も何が一番の原因なのか?声がうるさいことが原因なのか?じゃあひそひそ声で話せば大丈夫なのか?でもひそひそ声でも、やっぱり不快感を感じる人はいそうだ。
ゲームはどうだろう。電車の中で文庫本を読んでいる人を見ても何の不快感も無いが、ゲームに熱中する人を見ると若干の違和感を感じる気もする。
いろいろ考えると、その行動が別の世界に繋がっていて、それが一緒にいる人から理解できない場合に不快感を感じるということのように思える。とすれば、一緒の世界を共有したい願望みたいなものを、家族のみならず他人にさえも持っているということになるのだろうか。
携帯電話、ゲーム機、ブックマーク、iPhone、新しいものが出てくるとこうやって人の行動に影響して、そこから意識の本質みたいなものが見えてくるから面白い。そういうことができた製品は素晴らしいと思う。
将来的にノートパソコンのようなデバイスが無くても脳とインターネットが接続できるような時代が来るとしたら、映画を観ながらネットに接続するのは失礼になるのか、ならないのか。そのときの人々の行動を観察すると、また意識のことが少し分かる気がする。