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短足のスーパーマン

僕の実家は田んぼがどこまでも広がる田舎だったので、犬と言えば軒先でわんわんと吠えまくり、知らない人を見れば追いかける生きものでした。おかげで僕は犬が怖くて、いつもびくびくしていました。父親もそうだったと思います。

妻のれいこさんと交際をするようになって、まず最初の難関が彼女の飼い犬でした。家に上がると部屋の中に犬がいて、こっちに寄ってきます。い、犬だ…と思いながら、恐々と足を舐められていました。

はじめて二人で部屋から出かけた夜、部屋に帰ってみると、部屋中に引きちぎられたスリッパが散乱していました。れいこさんを、僕が奪っていったと思ったのでしょう。後にも先にも、しなもんがそんなことをしたのは一回きりでした。

しなもんの愛くるしさのおかげで、僕の犬嫌いはすぐに直り、一緒に散歩をするようになりました。僕はどうしてもうんちを拾うのが苦手で、そちらはもっぱられいこさんの担当ということになって、そこから15年もお任せしっぱなしでした。うちの庭に落ちていた最後のうんちは、せめてもの罪滅ぼしに、と、自分で拾いました。散歩の時の僕の担当は主に遊びで、サッカーをしたり、テニスボールを投げたり。

しなもんはとにかく走るのが好きで、テニスボールをどれだけ遠くに投げても、喜び勇んで駆けていき、嬉しそうにボールを咥えて全力でこちらに戻ってきます。どれだけ投げても飽きることなくボール投げをせがむので、こちらもむきになって、力の限り遠投をして、100mくらい向こうまで転げたボールを取りに走らせることもありました。はじめてボールを投げた船岡山公園や、京都府立大学のグラウンド、高野川、渋谷では鉢山オフィスのテニスコートで走り回り、駒沢公園に移動したあとは、Mountain ViewのCuesta Parkが、そして京都に戻ると鴨川が彼のフィールドでした。

熱中している人をみると、とことんやらせたくなるのは僕の親譲りで、そんなにボールを追いかけたいなら、限界を見せてみろ、といわんばかりに延々とボールを投げ続け、涼しければゆうに30回は投げたか、というあたりで、ようやくしなもんもへこたれ、ボールを拾ってこちらに戻ってくる途中で走るのをやめてぺちゃんと地面に座り込み、ボールを下において舌をベロンと出しながら、はあはあはあと息をしている姿の満足そうなこと。

短い足を、前足は前に、後ろ足は後ろに伸ばして、不恰好なスーパーマンのような姿で、草むらにぺちゃんと座り込んで、はあはあはあと満足げな顔で息をしているしなもんがたまらなく好きでした。お前の今の目一杯の力を、僕は見てやっているぞ、と思いながらその姿を眺めていました。飼い犬の散歩、というよりは、子育てをしているような気持ちで。この子はどこまで走れるようになるのだろうか。走り続けた先に、何があるんだろうか。しなもんの未来を楽しみに思いながら、力の限り生きる命を見守っていました。

でも、犬はやっぱり犬です。僕たち夫婦が子どもを授かり、家族が四人になると、人間の子どもの手のかかることかかること。といっても、こちらももっぱられいこさんにお任せしっぱなしのだめな父親なのですが。最初はしなもんがお兄ちゃん面をして、息子の時は少し警戒していたのですが、時も歩けるようになり、言葉も話せるようになってくると、少し対抗して喧嘩するようになりました。そうこうしている間に、しなもんの体力が落ちてきて、ボール遊びもしなくなり、ゆっくりと散歩をするのが日課になり始めたあたりで、時としなもんは仲の良い友達のような具合になりました。時が金太郎よろしくしなもんの上に乗ろうとするのを、しなもんが頑なに拒否して逃げ惑う。追いかける時。逃げるしなもん。時はしなもんのお尻の毛をつかんで追いかける。しなもんはやめてくれよう、と逃げ惑う。

しなもんのお尻の毛は誰が名付けたのか、もん毛と言うんです。モフモフしていてこれがまた気持ちが良い。このもん毛が曲者で、どこにでもついてくる。出張先のホテルでかばんを広げると、中にもん毛がくっついている。いつもそばにいるよ、とばかりにしなもんがくっついてくる。しなもん、ここにもいたのかよ。挙げ句の果てに、折りたたみ式の携帯電話の画面の中に、もん毛が現れた時にはびっくりしました。取れないし。しなもんよ、ここにもか。ほんとにどこまでもついてきた。

れいこさんはどうもかわいいものが好きで、というか、れいこさんが育てるとなんでもかわいく育つのか、どういう因果かよく分からないけど、しなもんも時も随分かわいく育ちました。そんなものは単なる親バカであろうと思うものの、ブログを読んだ方や、会いに来てくれた方からもかわいいかわいいと言われ。しなもんを連れて散歩していると、女子高生にも、なにあの犬!かわいい!やばい!、と声をかけられるという。なんという役得。飼い主的な意味で。そんなに言われるということは、外様から見てもかわいい部類に入るのでしょう。はてなのユーザーさんからは、いつしか会長と呼ばれるようになりました。

自分の飼い犬が会長!?自分が社長だ、ということもしっくりこないのに、会長ってなんだ。犬って会長になれるのか。法的には無理だろうし、頑張ってくれている社員やユーザーさんにもふざけているみたいで失礼な気がする。公私混同甚だしい、と思ったから、自分は何もしなかった。黙っていた。しなもんを溺愛するユーザーさんとお話した時は、あえて犬と呼ぶようにした。それでもしなもんは愛された。僕のつれない態度なんかそっちのけで、しなもん人気はうなぎ上り。こんなに愛された犬なんているの?インターネットでは犬が会長になれるの?社長よりも犬の方が人気だよもう。

社員も社員で、勝手にしなもんをマスコットみたいにして、はてなのサーバーが不具合を起こしている時は、しなもんがごめんね、って謝るようにしてしまった。しなもんの公務誕生。なんでつながらないの、と思われている方に、社を代表してお詫びをし続けてくれた。ありがとう、しなもん。あまり褒められたことではないけど、不具合が多い時期があって、たくさんの方がしなもんを知るようになった。

はてなブックマークのコメント欄を見たかい、しなもんよ。1600usersだってさ。お前、どれだけ愛されていたんだよ。しなもん日記のスターを見たかい。まるで献花の花束みたいだった。人間のお通夜みたいに、我が家でお別れ会を開いたら、身内だけで50人も来てくれたよ。しなもんおまえ、どれだけたくさんの愛を振りまいたんだよ。

6月21日金曜日にしなもんは逝きました。ちょうど土曜日と日曜日に必要なことが全部終わる金曜日の午後に。ちょうど、会社のTGIFが予定されていて、会社のメンバーの夜の予定が空いていて、別れを言いに来れる金曜日に。社内でもことさらしなもんを愛してくれていたきよひろが、なぜかたまたま京都出張している金曜日に。ずっと前から、実家の父と母が楽しみにしていたスペイン旅行が終わり、日本に帰って今なら別れに駆けつけられる、という金曜日に。

何もかも分かっているようだった。この日を待っていたような逝き方だった。最後まで、僕たちを守ってくれた。

そう、守ってくれていたんだよね。いろいろ未熟でした。夫としても、社長としても。犬が会長なんて、と言いながら、助けてもらっていたのは自分でした。それも見届けてくれたんだよね。ここからは、お前たちでやっていけと。ちょうどこの五月は、そういう変わり目でした。

皆さん、たくさんのお言葉を頂いてありがとうございました。お別れに来て頂いた方、お花を頂いた方、電話やメールやお手紙を頂いた方。しなもん日記にスターやコメントをつけて下さった方、はてブにコメントを頂いた方、ブログの記事を書いて頂いた方。皆さまのお気持ち、届きました。しなもんは幸せものです。温かいお言葉を頂き、ありがとうございました。こんなに愛された犬はいないと思います。

会長がいなくなり、はてなとしても一つの区切りの時を迎えることになりました。しかし、はてなには、新しい才能が花開こうとしています。どこまでもユーザーさんの立場に立って、良いサービスを作ることに一心になって仕事に励む優秀なメンバーがめきめきと力をつけています。サーバーの不具合でしなもんを見る機会も随分と減りました。犬が会長の変な会社を粋に感じ、集まってくれた魅力的な面々が、力を合わせ、ここから、またはてなを盛り立てていきます。

会長の穴を埋め、皆さまに最高の体験をお届けできるよう、力を合わせはてなは進んでまいります。
皆さまどうか、これからのはてなを、よろしくお願い申し上げます。