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スティーブ・ジョブズ

木曜日の朝、僕は自宅で新しくAppleのCEOになったTim Cookはどんなプレゼンをするんだろうか、と思って前日行われたキーノートスピーチをビデオで見ていました。
それから会社に移動し、30分も経たない間にスティーブ・ジョブズが亡くなった事を知りました。
既に痩せ細った姿が報じられ、いずれは、という事は感じていたものの、実際にそれが起こってみると、体の力がすーっと抜けていき、うまく体に力が入らなくなりました。
正直なところ、なぜ自分がそれほどまでにショックを受けているのか、最初は分かりませんでした。
アメリカのとある会社の社長が亡くなったことで、どうしてこんなに自分はショックを受けているんだろうか。

最初に思ったのは、自分が毎日Apple製品に触れているということです。
ここ数年、電話はiPhone、パソコンはMacbook Airです。
以前にPower MacMacbook Proを購入したときは、結局Thinkpadに戻りました。
iPhone 4Macbook Airあたりからは、ジョブズのものづくりもいよいよ極まってきたな、という感じで、一度触ると他の製品をメインで使う気がしなくなりました。
この頃から、ジョブズの経営スタイルは独裁的過ぎるとか、ジョブズがいなくなったらおしまいじゃないか、という批判はどうでもよくなり、少しでも長くジョブズの時代が続いて欲しいと願うようになりました。
僕は朝から晩までインターネットに接して生活していますが、その活動のほとんどを、スティーブ・ジョブズの意志が反映された製品を介して行っていることになります。
美しさ、使いやすさと、技術の高さをこれだけのレベルでバランスさせた製品を作ることができる才能。正確に言うと、それだけの製品を作る組織をmanageできる才能を永遠に失ってしまった事に、大きな喪失感を感じました。

さらにしばらくして、ショックを受けている要因はそれだけではない事に気がつきました。
2006年にシリコンバレーに行った頃、僕はスティーブ・ジョブズ-偶像復活を読みました。
読んで感じたのは、彼の人生が全く順風満帆ではないということ。
30歳で自分が創業したAppleを追われたのは有名ですが、そこに至るまでも社内で製品開発の方向性を巡って対立があったり、社員と対立したり。
そんな中、社員を連れて海辺に合宿に行ったり、新製品を開発するチームを別の建物に集めて密かに開発をしたり、といつも反逆者のような事をやっている生々しい姿がそこに描かれていました。
そんな波瀾万丈の道のりに刺激を受けて、僕は東京に戻って開発合宿を始めたり、新規プロジェクト用にマンションを借りてみたりしました。

自分が経営の仕事をする中で、これまで何度も壁にぶつかりました。
少人数で勢いよくサービスを作っていた頃から、規模を拡大し、組織でサービスを提供する体制へと変遷するのにも随分苦労をしました。
そんな時に、ものづくりの先頭に立つ経営者であり、30歳の時には経営に失敗して会社を追われながら、最期には世界最高の会社を作り上げたジョブズの存在が、自分の心の支えになっていたことを、彼を失って初めて深く感じました。

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これは僕がシリコンバレーに行った最初の頃に、Computer History Museumで撮影したジョブズとウォズニアックです。
コンピュータの歴史に貢献したたくさんの人の写真が飾ってある中で、僕はこの写真だけをカメラに収めていました。
当時僕は、世界に通じるサービスを作ろうとシリコンバレーで3人で挑戦を始めたところでしたし、創業の頃も3人でした。
そんな自分をどこかで重ね合わせていたのかも知れません。

人と違う事をやることを恐れず、自分の直感を信じて、世界を変えるようなものを作る。
彼が示した生き方を、自分もまた少しでも体現できればと思っています。

ジョブズさんありがとう。
あなたは最高でした。