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8月23日

こちらに来てからしなもんの散歩が勝手に庭を走らせておくだけの適当な感じだったので、朝近所の公園にしなもんを連れて散歩に行ってみた。見渡す限り芝生の広大な公園で、1周歩くのに10分以上かかる。こんな公園が近所にあるなんて夢みたいだと思う。
東京では最後の1年間くらい駒沢公園の近くに住んでいた。駒沢公園も面積的にはずいぶん広い公園だったんだけど、公園の中にさまざま施設が押し込まれていて、ゆとりのあるスペースがどこにも無い事に気付いてからは公園に行きたいと思う気持ちが半分以下に減少してしまった。ただ芝生が生えているだけの広い場所、というのが僕の公園の理想に一番近い。もっと広ければ森や池があってもいい。しかしそれほどスペースも無い場所で下手に人間が手を加えてうまくいっている例をほとんど見たことが無い。東京にもっと「芝生が生えているだけの何も無い場所」が増えれば良いのにと思う。空間的なゆとりは安らぎを与えてくれるし、子供の創造性も育むと思う。
それから駒沢公園の愚痴をここについでに書いておくと、駒沢公園でのインラインスケートの立場はとても微妙だ。園内には1周2kmのサイクリング&ジョギングコースがあるのだけれど、一応インラインスケートは滑っては駄目ということになっている。サイクリングコースを滑っていると時折誰かが管理事務所に通報をして、ちょうど管理事務所の前を通るタイミングを狙って「スケートは禁止されています」という放送がなるような具合だ(通報する人が直接駄目ですよ、と声をかけてくることはまず無い)。ここまではまだ良い。駄目なものは駄目、というのならまだ諦めもつく。
しかし実際は、大学のスキー部が夏季のトレーニングで数十名でスケートをやっていたり、スラロームの練習をするスケーターも数多く、たくさんの人がスケートを楽しんでいる状況であり、しかも公園側もなんとなくそれを黙認している。週末の混雑している時間帯などで運が悪いと放送で注意される、というなんとも曖昧な運用なのだ。
この良いのか悪いのかはっきりしない感じが気持ちが悪い。管理事務所に「スケートは自転車よりも衝突の際に被害が少ないと思うからサイクリングレーンを走行することを認めてくれないか」と言っても「規則で駄目だと決まっていますから」みたいな的を得ない回答が返って来るし、他のスケーターたちに声をかけてこの辺の事情を聞くと「他人に迷惑をかけない範囲でやれば良いんですよ」みたいな事を言うしという状況である。
例えば僕に子供がいて、「お父さん僕もスケート欲しい」と言った時になんと説明して買えば(あるいは駄目だと説得すれば)良いんだろうか。「ここは滑っちゃ駄目なんだよ」と言えば「だって滑っている人いるよ」と言われるし、「本当は駄目だけどこっそり滑ろうね」と言えば良いのか?
その点アメリカの公園だと、例えば犬連れの散歩にしても「市内の居住者であらかじめ登録をすると放し飼いで歩くことができる」みたいな制度があって、「放し飼い禁止と看板には書いてあるけど実際は放している人も多い」みたいな曖昧さはあまりない。あるとき突然管理者に怒られて悲しい思いをする、みたいなのが無いので僕はどちらかというとこういう方が気持ちが良いんだけど、有名無実化したルールって無くならないのだろうか。
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