さよなら、京見峠

土曜日に京見峠に上った。周山までの道のりは、時折雪も降ってきてとても寒かった。
94年の春に京都に引っ越して来て、最初に自転車で上った峠が京見峠だった。入って間もないクラブの行事で、先輩に連れられて上ったのを今でも覚えている。

京都に下宿を始めて今年でちょうど10年、今年、僕はこの街を去ろうとしている。

自転車が好きでサイクリング部に在籍した学部時代、数々の友と知り合い、この時間が長く続けばと思ったのも束の間、友人たちは研究室や企業へと活動の場を変え、BOXでだらだらと過ごすことも無くなった。大半の人間は大企業に就職し、京都を去ってしまった。

僕は京都が好きである。1時間も走れば北山杉に囲まれた北山の峠道に辿りつける。時間はほどよくゆっくりと流れているし、この街を好きな人が、たくさん誇りを持って住んでいる。

就職活動をそれほど真剣にするでもなく、自分が何をすべきかと迷いながら、わざわざ大企業に就職しなくても、もっと豊かな生活があるのではないか、どうして猫も杓子も東京なんだ、などとなんとなく思いつつ過ごしていた僕は、2001年の夏に起業した。

親に300万円を借り、有限会社を設立し、京都リサーチパークに事務所を構え、それ以来京都で働く毎日だ。この街に腰を据えて、自分の足場をしっかりと確認しながら、自分の把握できる範囲を少しずつ増やすように、社会に出たいと思った。

できることなら、自分が一生の友だと言える人々と、仕事や遊びの垣根を越え、なるべく長く共に時間を過ごして、この人生を生きたいと思う。ここだと言える街を見つけ、その場所で過ごしたいと思う。

十分に魅力的な街を見つけた。十分に魅力的な友を見つけた。せっかく見つけたのに、なぜ彼らは、あっさりとそれらを捨てて次の場所を求めるのか。なぜ今の場所で、なんとかして、生きていくことを考えないのか。自分の行動で、その疑問を体現したいと思った。

4年目の春、有限会社はてなは株式会社になって、社員は5人になろうとしている。なんとか業績も伸び続け、きちんと利益も出している。社員は皆、高校や大学時代の友人だ。

かつて描いた夢に少しずつ近付いているかも知れない。幸福は相対的なもので、もちろんつらい日もあるが、それでもこれで良いと思えている。

けれど少し慣れてきた。慣れを打ち破る刺激を与えてくれるのは、いつも東京で、どうしたって京都に来ようとしない友たちが、住んでいるのもまた東京だ。

仕方ない、ちょっと出かけてみよう。
ごちゃごちゃしていてうるさそうな街の真ん中までわざわざ行って、何がそんなに楽しいのかこの目でよく確かめて、それから帰ってこよう。しばらく峠にも行けないけど、まあ我慢するとしよう。

ほどほどに慣れた頃に、またこの街に戻って来られればと思う。