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日記がかなえる近未来

Paris Blue (c)Junya Kondo 1997

ここのところはてなダイアリーの作業をしながら、その目的や意味についてよく考えます。

アメリカで急速に普及しているというウェブログという単語もよく目にするようになり、関連した話題も多いようですが、はてなダイアリーが近い将来において、最も解決すべき課題とは、「人は一人では生きられない」ではないかと思っています。

例えば、各個人が自分の言論を世界に向けて自由に発信でき、その言論同士がどんどんつながりあっていき・・・といったシナリオは魅力的ではありますが、インターネット上で言論を発表する事で対価を得る手段が事実上存在しない現状において、そうした状態を目的とすることは少々危険であり、また、ほとんどの個人が継続不可能だと思うのです。

もっと実現性の高いことは何なのか。

たとえば今、はてなダイアリーには親子で登録している方がいらっしゃるようですが、彼ら(便宜的にそう呼びます)はこれまで、お互いに離れて暮らしながら、それぞれの生活を詳しく知る術はなかったわけです。それが、日記によってお互いの存在、同じ時間に生きている事を実感する事ができる、そういうことで得られる元気や、幸せの方がよほど現実的ではないかと思うのです。

これまで毎日テレビを見ることに費やしていた時間の何割かを、一日の出来事を振り返って書き留める時間にまわし、その書いた内容から家族や友だち、同じ趣味の人たちとコミュニケーションする事ができる。そんなものになればと思っています。

ここは職場ではありません。大きな図書館や本屋さん、映画館がすぐとなりにくっついたオープンカフェといったところでしょうか。